ご家族が認知症と診断されたとき、以前とは異なる言動に戸惑い「どう接すればいいの?」と不安を抱くのは自然なことです。認知症は記憶障害や言語機能の低下、認知機能の変化などの症状を伴う疾患です。
現在、医学研究では間葉系幹細胞を活用した再生医療などの治療法が開発されていますが、実用化には時間を要するとされています。重要なのは、認知症の方との適切な接し方を学び、日常生活の質(QOL)を向上させることです。認知症によって最も大きな不安と混乱の中にいるのは、ご本人自身です。
この記事では、認知症の方の心に寄り添い、穏やかな時間を取り戻すコミュニケーションの「コツ」を解説します。認知症の方の尊厳を守る接し方を学び、心安らぐ毎日への第一歩を踏み出しましょう。
静岡市にお住いの方やご家族様で違和感を感じたら、当院の「もの忘れ外来」をご予約ください。日常生活から改善できることを始めると、進行を遅らせることができる場合もあります。ご家族の方が負担にならないよう医療面のサポートを受けながら向き合っていきましょう。
認知症の方への接し方で大切にしたいポイントは、以下の3つです。
安心感を与える話し方のコツは、以下のとおりです。
認知症の方は、脳が情報を受け取ってから理解するまでに、少し時間が必要です。早口で話されたり、難しい言葉を使われたりすると、内容が追いつかずに混乱してしまい、心を閉ざしてしまうことがあります。子ども扱いせず、相手の脳の情報処理のペースに合わせてあげる思いやりが大切です。
話し方を意識することで、認知症の方が「自分を理解してくれている」と感じ、落ち着いて会話ができる場合があります。
認知症の方と接する際には「目線を合わせる」行為が、私たちが思う以上に重要です。車椅子に座っている方やベッドで横になっている方を、立ったまま見下ろす体勢は、威圧感や不安感を与えてしまうことがあります。
相手と同じ高さまで目線を下げることで「あなたのことを大切に思っていますよ」という気持ちが、言葉以上に伝わります。相手を驚かせないためのチェックポイントは、以下のとおりです。
認知症の方は視野が狭くなっている場合があり、視界の外からの動きに敏感に反応し、驚いてしまうことがあります。相手の視界に入り、声をかけましょう。小さな配慮は、信頼関係を築くうえでとても大切です。
穏やかな雰囲気を保つために心がけたいポイントは、以下のとおりです。
認知症が進行すると、言葉の理解が難しくなることがあります。話している人の表情や声のトーンなど「雰囲気」から感情を敏感に感じ取る力は、認知症が進行しても保たれていることが多いです。言語を理解する脳の機能が低下しても、感情を司る部分は比較的保たれやすいことが一因と考えられています。
認知症の方は言葉の内容よりも、あなたの「感情」を感じ取っています。優しい言葉をかけていても、イライラした表情や低い声のトーンは、相手に不安を与えます。にこやかな表情と穏やかな声で接することで、認知症の方が安心感を抱くことができます。
こうした日々の接し方に加えて、進行を少しでも緩やかにするための治療や対策についても知っておくと安心です。以下の記事では、認知症の進行を緩やかにする方法や最新の治療法、日常生活でできる工夫について医師の監修のもと詳しく解説しています。
>>【医師監修】認知症の進行を止める方法はある?症状悪化を防ぐ治療や対策を解説
認知症ケアの基本対策として押さえたいことは以下のとおりです。
認知症の方は、脳の情報処理に少し時間がかかるため、考えをまとめたり、次の行動に移ったりするのに時間が必要です。認知症の方の頭の中では、一生懸命に言葉を探し、手順を思い出しています。認知症の方を急かし、焦らせると、脳が混乱して不安になり、かえって時間がかかることがあります。
認知症の方のペースを尊重して「待つ」姿勢が、結果的にスムーズな進行につながります。すぐに手伝ってしまうと、認知症の方が持っている力を発揮する機会を奪うことにもなりかねません。認知症の方がご自身でできることは、なるべく見守ることを意識しましょう。
「待つ」ことが大切な場面は、以下のとおりです。
認知症の方のペースに合わせることは、ご本人の尊厳を守ることにつながります。すぐに行動を促すのではなく、一呼吸おいて見守る姿勢を心がけましょう。
認知症の症状の一つに、新しい出来事を記憶しておくことが苦手になる「短期記憶障害」があります。脳の記憶を保存する機能がうまく働かないため、認知症の方に悪気があるわけではなく、本当に記憶していないのです。認知症の方にとっては、毎回が初めて口にする新鮮な話です。
漠然とした不安な気持ちから、安心したくて何度も同じ質問を繰り返す場合もあります。毎回初めて聞くような気持ちで、穏やかに耳を傾け、同じように答えてあげることが大切です。毎回同じように答える対応は、認知症の方の安心感につながる可能性があり、信頼関係を築くうえで重要と考えられます。
同じ話への対応のヒントは以下のとおりです。
「お腹がすいた」と何度も言う場合は「では、おやつにしましょうか」と一緒にキッチンに立ってみましょう。認知症の方は言葉を具体的な行動に移すと、気持ちが切り替わることがあります。根気強く付き合うのは大変ですが、認知症の方の不安な気持ちに寄り添う視点を持つと、少し気持ちが楽になります。
認知症の方にしてはいけない対応は、以下の3つです。
認知症の方を頭ごなしに否定したり、間違いを指摘したりすることは避けましょう。やってしまいがちなNG対応は以下のとおりです。
言動を否定されることは、認知症の方がご自身の存在を否定されたように感じてしまいます。否定されたときの悲しみや屈辱感は、記憶に深く刻まれるものです。「嫌な感情」が積み重なると、介護者に対して不信感を抱き、服薬や入浴を含むすべてのケアの拒否につながりかねません。
認知症になると、脳が情報を処理したり、行動の計画を立てたりするのに時間がかかるようになります。時間がかかることを「遂行機能障害」と呼び、複数のことを一度にこなすのが難しくなるのです。認知症の方を焦らせることは大きなストレスとなり、かえって混乱や失敗を招いてしまいます。
「〇〇しなさい」という命令口調は、相手に威圧感や反発心を与え、頑なに行動を拒否する原因にもなりかねません。認知症の方の「やる気」を引き出す声かけの工夫は、以下のとおりです。
認知症の方がご自身で選んで決める行為は、ご本人の満足感につながります。どうしても手伝いが必要な場合は「少しお手伝いしてもいいですか?」と一声かけてから、さりげなくサポートしましょう。
認知症の方は、記憶が不確かになったり、今いる場所や時間がわからなくなったりします。介護する側の何気ない一言や態度が、認知症の方の不安を大きくしてしまうことがあるので注意が必要です。認知症の方の不安が強まると、落ち着きがなくなる、興奮することもあります。
認知症の方の言動の背景にある不安な気持ちに寄り添い、安心できる環境づくりを心がけましょう。以下の言動は認知症の方の不安を大きくさせます。
認知症の方の不安な気持ちを理解し「大丈夫ですよ」「私がそばにいますからね」と、安心できる言葉をかけることが大切です。穏やかで落ち着いた環境を整えることが、認知症の方の心の安定に直接つながります。認知症の方は視野が狭く、視界の外からの動きに敏感にもなっているため、注意を払いましょう。
認知症の方と接する際に心がけたいポイントは、以下の4つです。
妄想や徘徊は認知症の代表的な症状で、単なる「困った行動」ではありません。妄想や徘徊は、認知症の方が感じている強い不安や、記憶の混乱からくる、心の叫び(SOS)です。物を置いた場所を忘れた不安から、脳が自分を守るために「誰かに盗られた」という物語を作り出すことがあります。
「そんなことはない」「あなたが失くしたんでしょ」と否定するのは認知症の方のプライドを傷つけます。「心配ですね」「よかったら一緒に探しましょうか」と、味方であることを示してあげてください。徘徊は、今いる場所がどこかわからなくなる「見当識障害」が原因で起こります。
仕事や夕飯の支度などの、過去の習慣や役割を思い出して行動している場合もあります。無理やり引き留めようとすると、目的を邪魔されたと感じてしまうことがあるため「どちらかへお出かけですか?」と優しく声をかけましょう。
「お茶を一杯飲んでからにしませんか?」など、関心を別のことにそらす工夫もおすすめです。
認知症の方がご自身の家にいるにもかかわらず「家に帰りたい」と訴える「帰宅願望」も、よく見られる症状の一つです。「家に帰りたい」という言葉の裏には、以下の気持ちが隠されています。
「家に帰りたい」という訴えがあったとき「ここがお家ですよ」と事実を伝えることは、認知症の方の混乱を大きくします。「お家に帰りたいのですね」と、まずは認知症の方の気持ちを丸ごと受け止めてあげてください。認知症の方が求めているのは、事実の訂正ではなく、不安な気持ちへの共感です。
言葉の背景にある寂しさや不安な気持ちを想像し「大丈夫ですよ」と寄り添うことが、何よりの安心につながります。
認知症の方の暴言や拒否は、脳の前頭葉という、感情をコントロールする部分の働きが低下するために起こる症状です。認知症の方は、不安や混乱、思い通りにいかないもどかしさを、うまく言葉で表現できません。暴言や拒否といった形で、認知症の方の感情が直接的に表に出てしまうのです。
暴言や拒否は認知症の方の性格が変わったわけではなく「病気の症状」だと理解することが重要です。冷静に対応するためのステップは、以下のとおりです。
感情的に言い返すと、状況は悪化するだけです。認知症の方の興奮が激しく、身の危険を感じる場合は、一旦その場を離れてお互いに気持ちを落ち着かせましょう。落ち着いてから、なぜ怒っているのか、拒否しているのかを考えてみます。
体調が悪い、何か嫌なことをされた、プライドが傷ついたなど、暴言や拒否には何らかの理由が隠されています。少し時間が経ってから、全く違う楽しい話題を振ってみるのも一つの方法です。
認知症の方が食事や入浴を拒否することは珍しくありません。無理強いは認知症の方にとって苦痛なだけでなく、介護者との信頼関係を損なう原因にもなります。拒否の背景にある理由を探り、工夫をこらすことが大切です。考えられる食事の拒否理由は以下のとおりです。
食事拒否時の工夫は以下のとおりです。
研究により、バランスの良い食生活が認知機能の維持に有効である可能性が示唆されています。食事の拒否は、栄養状態が心配になりますが、無理強いはせず、少しでも栄養が摂れるようなアプローチを心がけましょう。完食を求めず、食べられる量やタイミングに柔軟に対応する姿勢も介護を続けるうえで重要な考え方です。
考えられる入浴の拒否理由は以下のとおりです。
入浴拒否時の工夫は以下のとおりです。
認知症の方の一見不思議に思える言動は、大きな不安や混乱からくるSOSサインの場合があります。認知症の方の世界観を否定せず「そうなんですね」と気持ちに寄り添い、安心感を与えることが大切です。認知症の方への寄り添いは、認知症の方の尊厳を守り、穏やかな関係を築くための第一歩です。
介護をする中で、戸惑ったり、つい感情的になったりする日もあるかもしれません。完璧にできなくても、決してご自身を責めないでください。認知症の方とご家族にとって、少しでも心穏やかな時間が増えることを心から願っています。
なお、認知症の診断にはどのような検査が行われるのかを知っておくことも、ご家族が安心して対応するうえで役立ちます。以下の記事では、認知症の検査内容や受診のタイミング、検査の流れについて詳しく解説しています。
>>認知症の検査内容で行うことは?受ける目安や検査の種類・流れも解説
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